2026年6月7日日曜日

歩道の上の崖の対策 ②

 最初の発注者との打ち合わせの時、崖の上の民家の住人から、崖はバイパスを整備するときに工事業者が勝手に法面を切り崩してできたもので、その状況を見ていたのだから役所で対処して欲しいと言われたらしい。それでこの業務が発注になったのだ。

   しかし、人の土地を勝手に掘削する施工業者がいるだろうかと疑問に思った。このバイパスはおよそ30年前の1990年ごろに整備されている。地権者がこの土地に引越したのはその数年後だから、今の住人である地権者はその作業は見ることはできない。辻褄が合わない経緯だった。

   そこで、50年前の1975年の空撮写真で調べてみた。現在の崖のある辺りは影が見えるが、その影の形は現在の崖の形に似ている。崖の下には駐車場か畑のようなものがあるように見える。崖はこの駐車場か畑の敷地を確保するために切り取った可能性が強い。

   地権者が訴える道路工事のときに崖ができたというのは勘違いだったようである。

 50年も前から垂直に近い角度で切り立っている崖を現地で詳細に観察することとした。崖は風化軟岩だった。スコップで掘ってみると、とても硬くて5㎝ほどしか掘れない。ほぼ垂直に切り立った法面が崩れもしないで50年も耐えていた理由が理解できた。崖の表面に湧水の痕跡もないし、円弧スベリの形跡もない。ボーリング調査では表土の厚さは2m程度で、その下はN値10~17の風化軟岩であった。

 役所から提供された防災カルテには、民家の周りの三和土コンクリートがひび割れているので、地盤が軟弱で滑っている可能性があるとの評価されていた。

 しかし、現地で確認すると三和土コンクリートは薄いモルタルでできていた。布基礎のコンクリートにはひび割れは全くなく健全だった。とても軟弱地盤には見えなかった。

 三和土コンクリートのひび割れは、凍上か孟宗竹の根上りで薄いモルタルが割れたのだろう。

 ボーリング調査では地下水は確認されなかったし、ブロック積擁壁の水抜きパイプや目地からの湧水はまったく見られないから、法面の安定解析で間隙水圧は考慮すね必要はない。

「道路土工 切土工・斜面安定工指針」では、軟岩の場合の標準勾配は1:0.5~1:1.2だが、この法面は垂直状態の法勾配で50年間持ちこたえたのである。  綿密な現地踏査でかなりのことが分かった。現地踏査は3回ほど行った。

崖は50年も前に人為的に切り取られた法面の可能性が強い。昭和50年の空撮写真。当時はバイパスが未施工だった。
昭和50年の空撮写真からは、ここにバスパスが通る前は民家の畑か駐車場があったように見える。
垂直に近い角度で切り立った法面。50年以上も崩れないで耐えてきたようだ。スコップで掘ってみると硬くて5㎝ほどしか掘れなかった。見た目では円弧スベリが発生しそうには見えなかった。
過年度の防災点検結果(防災カルテ)では三和土コンクリートが割れていることから地盤が悪く、円弧スベリが発生している可能性があるとの評価だった。しかし、三和土コンクリートは実際は薄いモルタルが敷かれているだけであり、凍上か孟宗竹の根上がりでモルタルが割れただけではないかと思われた。
薄い三和土コンクリートはひび割れているものの、布基礎のコンクリートにはヒビがなく健全だったので、軟弱地盤というのは誤診のようである。
ブロック積み擁壁の水抜きパイプの写真。地形的にここに地下水が出てくる可能性はないとみていたが、ブロック積み擁壁の水抜きパイプを湧水が流れた形跡はなかった。

2026年5月22日金曜日

歩道の上の崖の対策 ①

 2020年2月5日、逗子市のマンションの敷地斜面の崩落により土砂が流れ落ち、その真下を歩いていた当時18歳だった女子高校生が巻き込まれて死亡する痛ましい事故が発生した。

 遺族はマンション区分所有者の住人や管理会社などに損害賠償を求め、2023年6月に住人側と遺族の和解が横浜地裁で成立した。

 また、業務上過失致死等の容疑でマンションの管理会社や区分所有者らを刑事告訴し、神奈川県警は「安全管理を怠った」として、当時、マンション管理会社の担当者だった男を業務上過失致死の疑いで書類送検された。(後に不起訴処分)

 逗子市の事件の書類送検の直後の2023年7月、私は、逗子市の事件と似たような法面の防災設計の管理技術者を任されることになった。

この設計業務で大切なことは、崖がなぜできたのかを突き止めることだと思った。もし崖が円弧すべりの滑落崖だとすれば、極めて危険な状態だからである。当然、下の道路は通行止めにしなければならない。

 過去の防災点検記録(防災カルテ)には、崖の上の民家の周りに敷かれた叩きコンクリートに多くのクラックがあり、敷地の地盤が軟弱で家が沈下している可能性があることを示唆していた。
 防災カルテの懸念は本当だろうか?

 まずは、なぜ崖ができたのかを探ることとした。

崩落したマンション敷地斜面。ブロック積み擁壁の下が歩道を女子高生は当時歩いていた=2020年2月7日、逗子市池子
私が2023年7月に役所から任された法面防災の設計業務。歩行者などの道路利用者の安全確保のための法面崩落防止対策である。逗子の法面に似た条件であり、同じ事故を繰り返してはならないと強く思った。これが仕事のモチベーションとなった。
法面には孟宗竹が繁茂していて、足を踏み入れるのが難しい状態だった。竹林のなかには崖がある。

2026年5月11日月曜日

沈下したブロック積み擁壁の補強設計 ⑥

 今回の現場の対策は、ブロック積み擁壁の沈下の防止と地震時の慣性力によるブロック積み擁壁の倒壊防止のどちらを取るかである。

 ブロック積み擁壁や道路が10㎝程度沈下しても大きな問題は出てこない。しかし、地震の時に慣性力でブロック積み擁壁が倒壊したら、周辺に人がいれば下敷きになってしまうし、道路は通行止めになってしまう。NTTの通信ケーブルも切断される可能性がある。

   だから、今回は地震が来ても倒壊しにくい補強が必要なのである。

 そのためには、地震のときに地山から擁壁が離れないようにすることが大切なのである。

 このことから、対策工法は次の写真のようになったのである。
頑丈な格子枠と鉄筋挿入により東大日本震災以上の揺れがあっても、ブロック積み擁壁は慣性力に耐えてくれるはずだ。「要・強・美」という言葉があるが、対策工は周辺の景観に対して違和感はなく、むしろ安心感を感じさせる構造物だといえる。
実際の対策工としての吹付法枠工。ヘッドキャップは通常はベル型だが、民家が近くて人が近づくようなところは、写真のような皿型が望ましい。
鉄筋の長さは3.0m。埋設されているNTT管まであと0.5mだった。

2026年5月7日木曜日

沈下したブロック積み擁壁の補強設計 ⑤

地山補強土工と構造が似ている工法にグランドアンカー工がある。

グランドアンカー工は地中の岩盤層にアンカーの先端を定着させ、アンカーに緊張力をかけて法面を地盤に縫い付ける工法である。

しかし、地山補強土工は数多い鉄筋で法面を固めて仮想擁壁を築造する方法であり、そのアンカーに緊張をかけることはしない。法面を固めるためには鉄筋の間隔をあまり広くすることはできない。

通常は1.0mで地山が軟岩以上の地山の場合は1.5mにしている。

鉄筋の最小長さは道路の場合は2.0m程度となっている。鉄道基準では1.5m以上を採用している。

一方、最大長さは施工機械のサイズの制約で5mが一般的である。

これ以上長い場合はグランドアンカー工との比較検討が必要になるれことが多い。
アンカーの間隔が広いので、これはグランドアンカー工になる。
アンカーの間隔が狭いので地山補強土工である。

2026年4月30日木曜日

沈下したブロック積み擁壁の補強設計 ④

ひびの入ったブロック積擁壁で構築された道路の必要抑止力Pを算定するためには、土質定数の粘着力cと内部摩擦角φを定める必要がある。

しかし、これらが不明な場合は「繰り返し円弧計算」によって、数多くのスベリ円弧の計算により逆算することもできる。

現状では、斜面の安定解析を基に必要抑止力を算定する手法の詳細を明記した技術基準や技術書は存在しない。

それぞれの機関がそれぞれの手法で行っているのが実態である。例えば同じ県庁内でも農林部と土木部で解析手法が異なるということである。

数少ない技術資料で解析手法に少しふれているのは、地盤工学会が2011年に発刊した『地山補強土工法設計施工マニュアル』のみである。

このマニュアルでは「N値からの換算式を用いて内部摩擦角φを定め、現状斜面の安全率を1.0以上と仮定し、逆算法により粘着力cを仮定する方法などが用いられている」と短文ではあるが貴重な一文が示されている。

日本地すべり学会の元副会長で国土防災技術(株)の社長の榎田充哉が学会誌で、『地山補強土工法設計施工マニュアル』の一文で統一すべきとの見解を示している。

もしN値のデーターもない場合は、仮定安全率をFs0=1.0に設定して下表のような関係図などができるものの、理想はN値を測定することが望ましいと思う。

今回は表のようにFs0=1.0とすると、表の最上段のように粘着力c=7.41KN/m2、内部摩擦角φ=29.00度になる。
繰り返し円弧計算でFs0=1.0になるような円弧を何通りも想定する。
Fs0=1.0になるのは表の最上段のような粘着力cと内部摩擦角φのときとなる。

2026年4月24日金曜日

沈下したブロック積み擁壁の補強設計 ③

ひび割れたブロック積擁壁の補修方法にはどんなものがあるのか。

ネット検索で行きついたのは、国土交通省都市局の「宅地擁壁の健全度判定・予防保全対策マニュアル」だった。

それには点検や評価方法のほかに、予防保全対策が示されていた。丁寧なことに参考図書名まで書かれていた。

私はマニュアルに示された各工法の中から、最も安価な「地山補強土工法」に着目した。

国土交通省の宅地擁壁の保全マニュアルの抜粋。

沈下したブロック積み擁壁の補強設計 ②

 沈下したブロック積擁壁を撤去して、沈下しないようにPC杭を打ち込んで新しいモタレ擁壁を築造する場合、支障になるのが既設の下水管である。

 また、土留め矢板の打ち込みも下水管が支障になるので施工不可能である。オープン掘削だとNTTの通信管や道路交通に支障が発生することになる。

 この現場の問題は、道路やブロック積擁壁の沈下よりもむしろブロック積擁壁の倒壊である。

 仮に路面が20㎝沈下したら、20㎝かさ上げしたオーバーレイ舗装をすればいいだけのことである。

 怖いのは、地震の慣性力でブロック積擁壁が崩壊して、人や車両が巻き込まれたり、民地側に危害を加えることである。

 したがって、下図のようなモタレ擁壁は廃案となった。

 では、どんな方法で地震時の慣性力に対抗させるのか……。

 さて、どうする。名ばかり技術士……。
地下にφ800の下水管が2本あり、歩道の下にはNTTの通信管があるので床掘りや矢板の打ち込みができない状況で、ひび割れたブロック積擁壁を倒壊させない方法を検討することになった。