2022年9月24日土曜日

越水対策の行方  吸出し防止シートを突き破る草や木

 国交省の治水課が中心となって検討している越水対策で、ポイントとなるのが吸出し防止シートの扱いだ。

 2019年に発生した台風第19号で越水破堤が相次ぎ、国交省は堤防の裏法面の補強対策に本腰をあげ検討会を設置し、2022年には全国の16箇所で越水対策のパイロット工事を実施した。
 
 パイロット工事として国交省治水課が選定した方法は2種類で、ひとつは吸出し防止シートの上に連結ブロックを敷くもので従来工法と変わりはない。もうひとつは吸出し防止シートを敷き覆土する方法だ。どちらも侵食防止のために吸出し防止シートを採用している。

 下の写真は、国交省が危機管理型ハード対策として、5箇年計画で施工した川裏の法尻ブロックである。

 吸出し防止シートを敷いてその上に連結ブロックを配置したものだが、連結ブロックの隙間から柳の木やイタドリなどが生えている。このブロックが整備されてからまだ数年しか経っていないが、柳や葛、イタドリなどに占領されてしまった。

 吸出し防止シートはポリエステル製の不織布が殆どである。伸び率が50%以上の国交省の評価基準の制約があって、不織布は網目が拘束されていない。だから、いったん草や木の芽がシートを通過すると、シートが伸びて穴が広がるので草や木が自由に成長できるのだ。

 草や木で吸出し防止シートに開けられた無数の穴は自然には元に戻ることはない。越流した水がその穴に流れ込み堤防が侵食されてしまうことになる。そして、成長した柳の根株で連結ブロックが押し上げられ、吸出し防止シートの継ぎ目が大きく開き、越流水が浸入し堤防を侵食することも十分に予想される。

 また、除草が人力作業になるというデメリットがある。肩掛け式の除草機の刃がブロックの隙間に入らないので、完全な除草は無理である。現場では作業員が鎌やノコギリで刈り取るしか方法がないのでコストアップになる。さらに、デコボコのブロックの上での作業は不安定で、足をくじいたり転倒する可能性が強い。

 こうした現場の問題や課題は、机上でのイメージや水理実験室で予見することは難しく、工事後数年経過した現地で出現する。その意味でも長期スパンでの現場観察が必要だ。場当たり的ではなく、現場に長年従事し維持管理の実態を把握している技術者の知見が、越水に対して粘り強い堤防の検討に必要ではなかろうか。

 2年ほど前に全国で整備が完了した、危機管理型ハード対策としての川裏の法尻ブロックに、草や木が茂っていないかを全国規模で実態調査することが重要だ。そして、下の写真のような状態が全国各地で発生しているのであれば、草や木で穴が開かない吸出し防止シートの開発が求められることになる。

 吸出し防止シートに穴が開いたり隙間ができたりしないようにするには、継ぎ目を溶着や接着、嵌合式などで完全に密閉させたり、網目が広がらないように網目の交点が結束されているジオグリッドや、ジオネットのような構造の吸出し防止シートの検討も必要だろう。

 今年の5月20日に1回目の検討会が開かれてから4ヶ月経過したものの、2回目の検討会の開催の気配はいまだにない。恐らくは民間等に求める技術提案の前提条件の調整などで難航しているのかもしれないが、今年も全国各地で越水破堤が発生しており、一刻も早く対策案を示し対策工事を進めることが求められている。
 そして大事なことは、維持管理が難しい構造は避けなければならないということである。
国交省が5箇年計画で全国で630㎞施工した川裏の法尻ブロック。それから数年でブロックの隙間から草や木が生えだした
連結ブロックの下には吸出し防止シートが敷かれているが、それを突き破って柳が生えだしている。
吸出し防止シートを破ってイタドリやヨモギなども密生しており、シートには無数の穴が開いたことが窺える。
クズも生えている。こうなると除草が難しくなる。

2022年6月30日木曜日

越水対策の行方 「河川堤防の強化に関する技術検討会」の在り方 (6)

 国土交通省には河川を専門とする技術者が数千人もいる。まさに、日本一の河川技術集団といえる。
 この集団は多くの河川災害を体験し、河川と対峙してきた。被害調査や復旧計画、復旧工事など現場に常駐し、それなりに相当な知見を培っている。彼らは河川に対する技術者としての矜持を持っているはずなのである。

 また、都道府県などの自治体にも同様に数多くの河川技術者がいる。さらに、設計コンサルタントで河川を専門にしている人も多くいるし、建設会社で河川工事をし、河川構造の知見を積み重ねてきた人も多い。定年退職で現職を引退していても、河川技術に詳しいOBも多くいる。

 国交省の治水課は今後、民間企業や大学等から粘り強い堤防の技術を募集するが、募集の対象者には国や自治体の河川技術者や、設計・建設技術者、技術集団のOB達は含まれていない。

 越流水深30cmの外力に対して、越流時間3時間の越水に対する性能を維持できることを証明することが、検討会の示す提案条件のひとつである。残念ながら各地方整備局には大型の水理実験施設がなく、性能条件を証明できないので国の河川技術者は応募できない。もちろん、自治体の河川技術者もOB達もである。つまり、性能条件の証明が応募の重い足枷となっていて、河川と間近に対峙し河川をいちばん知っている者からの技術提案ができないということである。

 性能条件をデーターで証明できなくても、豊富な河川の知見を持つ技術集団からの技術提案は、それなりに核心をついているはずで、粘り強い堤防の技術開発のヒントになる可能性は大きい。
 例えば、性能条件の証明は導入支援機関が行うことができないだろうか。応募された技術の実用の可能性の判断は、広い知見を持っている導入支援機関ならば容易に選択できよう。現場で河川と対峙した技術集団の知見は、必ずや課題の解決に寄与するはずだ。

 粘り強い堤防技術の確立は、民間企業や大学を頼るのではなく、これに加えて、現場で河川に関わった技術者たちも含めたオールジャパンで進めてほしい。  
国土交通省には河川を専門とする技術者が数千人おり、日本一の河川の技術者集団だ。河川に対し矜持をもって仕事をしている技術者たちからの提案は重要だ。

2022年6月28日火曜日

越水対策の行方 「河川堤防の強化に関する技術検討会」のスケジュール (5)

 今年の5月20日に再開した「河川堤防の強化に関する技術検討会」の、今後のスケジュールは下表のとおりで、今後は第三者機関としての「導入支援機関(仮称)」を設置する予定だ。この機関は次のような役割を担うこととしている。

・越水に対する粘り強い河川堤防に関する技術の公募
・技術開発目標(評価の目安)
・求める事項等の提示
・技術開発状況の集約・整理
・応募された技術の評価、一次選定、現場への適用技術の抽出
・評価委員会の設置・運営
・性能カタログ等を見据えた技術レポートの作成 など

 導入支援機関は民間等から応募のあった技術提案資料(実験・解析結果等を含む)をもとに、計画高水位以下の水位の流水の通常の作用に対する安全性や、越水に対する性能を確認し、一次選定や現場への適用技術を抽出するのを役割としている。
 導入支援機関内には、技術的判断のための助言や指導を行う、学識者、国土交通省、国土技術政策総合研究所、土木研究所などによる評価委員会がセットされる予定だ。そうなると、導入支援機関は国土技術研究センターが主体になる可能性がある。国土技術研究センターの河川政策グループは、台風第19号以後、越水対策の研究を続けているからだ。(『令和元年東日本台風による堤防決壊と堤防強化について』国土技術研究センター 河川政策グループ首席研究員 佐古俊介https://www.jice.or.jp/cms/kokudo/pdf/reports/recital/2020/gj2020_02.pdf 参照)

2022年6月22日水曜日

越水対策の行方 「河川堤防の強化に関する技術検討会」の開発目標 (4)

 2022年5月20日に開催された第1回目の「河川堤防の強化に関する技術検討会」で、事務局が示した粘り強い河川堤防の、民間や大学からの技術公募をめざす性能条件は次の二つだ。

①既存の堤防の性能を毀損しないこと
②越水に対する性能を有すること

 ひとつ目の「既存の堤防の性能を毀損しない」ことについて、事務局は既存の堤防の性能の定義を次のように考えているようだ。

・不同沈下に対する修復の容易性
・堤体と基礎地盤との一体性
・嵩上げ及び拡幅等の機能増強の容易性
・損傷した場合の復旧の容易性
・基礎地盤及び堤体の構造及び性状にかかる調査精度に起因する不確実性への適応性
・基礎地盤及び堤体の不均質性に起因する不確実性への適応性
・環境及び景観との調和性
・構造物の耐久性
・維持管理の容易性
・施工性
・事業実施による地域への影響の調和性
・経済性
・公衆の利用性

 上記のうち、例えば「経済性」を毀損するというのは、盛土と芝による従来の堤防の費用に比べて、それを大きく上回ってはダメということのようである。それがどれくらいなのかは現時点では不明で、次回の検討会に示されるかも知れない。
 そのほかの維持管理の容易性とか施工性なども、具体の数値等がないと提案していいものかと迷いそうだ。技術提案者側とすれば、それぞれの指標を明記してもらわないと提案が難しくなる。

 ふたつ目の越水に対する性能は、次のように説明している。
 近年の越水事例における越流水深や越流時間、近年の越水事例の堤防の被災状況、避難にかかる時間の研究、過去の越水に対する堤防強化の検討における越流水深・越流時間の研究などを踏まえ、技術開発目標(評価の目安)は、『越流水深30cmの外力に対して、越流時間3時間』は越水に対する性能を維持することとしている。

 越流による川裏の法面や法尻の侵食速度は、堤防の高さや勾配、堤体の湿潤状況、土質、締固め密度、浸透水の有無、川表での遮水シートの有無により変化する。このような評価条件を具体的に示さないと、越流時間3時間の耐用試験が困難になるので、事務局から今後具体の指標が示されることを期待している。各提案者が同様な性能条件に基づいて技術提案をすることが求められる。
 
 なお、仮に堤防高さ2mと示された場合、実物大の堤防で水理実験できる設備を有する施設は、国内に数か所しかない。縮尺模型での実験が認められたとしても、民間が持っている実験施設は稀だ。

 また、実験に要する費用も高額で、大型のものだと1000万円以上はかかるようである。
 このことから、性能指標は堤防丸ごとではなく、被覆型の場合であれば、ブロックやシートのみの耐侵食性能に置き換える方法があるかも知れない。例えば、流速4m/秒で3時間の越水流に対して、侵食深さが5cm以内というのもありうる。しかし、この程度の水理実験でも数百万円の実験費用がかかるとメーカーの担当者から聞いたことがある。一般メーカーにとってなじみの少ない水理実験は、技術開発の大きな関門になりそうだ。
 関門を克服するために、メーカーの希望に応じて土木研究所などと共同か、施設の無料開放で実験ができればと考える。
   
東京理科大学の越水破堤の実験状況。室内実験場としては国内トップクラスだが、これでも堤防高1mが限度である。

2022年6月16日木曜日

越水対策の行方 「河川堤防の強化に関する技術検討会」の論点 (3)

 国が管理する河川の延長は約11,000㎞(ダム区間含む)で、自治体が管理する河川を加えると全国で約153,000㎞になる。国管理の河川堤防の必要区間延長は、両岸で約13,000kmに及ぶ。
 令和元年の台風第19号では142箇所で堤防決壊が発生し、このうち122箇所は「越水」が決壊の主な要因と推定される。浸透による決壊はわずか2箇所のみだった。堤防の決壊原因が越水がほとんどだというのであれば、まずは越水に的を絞って技術開発を目指すのが常道だろう。二兎を追う者は一兎をも得ずのいわれもある。

   危機管理型ハード対策として全国の630㎞の川裏に法尻ブロックを整備したが、台風第19号で実際に対策済みの箇所で越水があったのは都幾川の1箇所だけだった。法尻ブロックを整備した区間は越水の可能性が高いと想定された区間なのだった。しかし、実際に越水が発生したのは、法尻ブロックを設置した全国の630㎞のなかで、都幾川の約370mの区間だけだった。この630㎞に対して370mの確率は、越水の発生個所を想定することは非常に困難で、堤防のあるところはどこで越水が発生してもおかしくないことを示している。
過去に危機管理型ハード対策として法尻ブロックを設置していたが、越水で法尻ブロックが変形している。法尻ブロックがあれば越水に対抗できるという考えは幻想といえる。裏法面はすべて被覆しないと、越水に対抗できないことを上の写真が証明している。(都幾川)

 どこで発生しても不思議がないのであれば、越水対策はすべての河川堤防を対象にしなければならないということになる。

 下の資料は、国交省の治水課が作成した検討会の資料。川裏の全部の法面をブロックで被覆すると、最低でも100万円/1m(つまり1㎞あたり10億円になる)かかるという。これを国の堤防の必要区間の13,000㎞で越水対策すれば10億円/1㎞×13,000㎞=13兆円になる。
 令和4年度の水管理・国土保全局関係の全予算は0.95兆円。仮にダム建設や維持管理を中止し越水対策だけに集中投資したとしても13年かかるということになる。まして、自治体が管理する堤防も整備するとなれば100年以上もかかるかもしれない。

   越水対策を論じるうえで最も優先されるのはコストである。予算のあてがないのに立派な構造で対策しようとしても、実現できなければ計画は単なる絵に描いた餅になってしまう。
 年収100万円のサラリーマンが1億円もするマイホームを建てるようなもので、早晩にローン破産することはだれにも予想がつく。予算と照らし合わせながら、効率的な越水対策の構造を検討することが基本だ。藤田委員が、施工にそれほど費用がかからない方法で対策範囲を稼ぎ、減災の恩恵を早く普及させることが重要な視点だと述べているように、現実的なコストで粘り強い堤防を一日も早く完成させることが求められている。

   現実的な予算規模は15万円/1m程度かもしれない。12万円で法尻ブロックを張り、3万円で法面の侵食防止対策を行うと、10箇年計画でなんとか実現できるかもしれない。
 越水対策を検討する上で、まずは、越水対策の対象延長(面積)を試算し、全体の概算額をつかむことが基本で、構造検討の第一条件とすることが必要だ。
 もちろん、事務局の治水課でも当然ながら越水対策の基本的な論点としているはずである。  

2022年6月14日火曜日

越水対策の行方 「河川堤防の強化に関する技術検討会」について (2)

 2022年5月20日、前回の検討会の委員のメンバーによる、「河川堤防の強化に関する技術検討会」が開催された。国交省の水管理・国土保全局長が冒頭あいさつ。司会は治水課の奥中企画専門官、資料の説明と質疑は永松流域減災推進室長が対応した。

 2年前に関係業界団体から81件の技術提案があったものの、ある条件下では効果を有するものもあるが、既存堤防が有する機能を毀損しないという点や、越水時の効果に幅や不確実性を有しているなど、現段階で設計できる段階には至っていないということ。そして、堤防強化に用いる資材・工法の長期的な機能の継続性や維持管理の容易性についての知見も十分とはいえないことから、検討会を再出発させるとのことだ。

  前回提案された81件の各技術に、具体にどのような不確実性があったかについては言及はなかったが、提案された81件のすべてが設計できる熟度に達していないことになり、事務局の治水課や提案側の業界にとっても、たいへんな難題であることは間違いない。

 今回の検討会でのポイントは、今後、業界等に求めようとする越水対策の技術開発目標が数値として示されたことにある。
 近年の越水事例や避難に要する時間、過去の研究成果などを踏まえ、技術開発目標を、越流水深30cmの外力に対して、越流時間3時間は越水に対する性能を保持できる構造とした。

 そこで思い出すのは、検討委員の藤田光一氏(国立研究開発法人土木研究所 理事長)の、「日経コンストラクション」の2017年6月12日号のインタビューだ。

「法面への植生も意外に効く。条件がよければ、流速5~6m/秒でも10時間は持つ。簡素な構造だから、施工にそれほど費用がかからない。さらに対策距離を結構稼げる。減災の恩恵を早く普及させるために重要な視点だ」と発言している。藤田委員は国総研で植生の耐侵食性の研究の経験があり、この分野の第一人者だ。
 
 越水時の法尻付近の流速Vfは、堤防の高さや勾配、越水高さなどで変化し、次式で算出できる。(引用 国土技術研究センター)

 平成28年8月洪水の常呂川(北海道)等での越流データーがある。これは、国総研寒地土木研究所が調査・推定したものである。

 常呂川22.5kpでの堤防高は3.0mで法勾配は2割5分、越水高は0.3mの時の法尻付近の流速を3.66m/秒と推定している。データーが無いので不確かではあるが、国内の殆どの堤防高は3.0m~5.0m以下と思われる。
 したがって、越流水の法尻付近の流速が6m/秒を越すのは稀ということになる。つまりは、状態の良い植生を維持できれば、越流水深30cmの外力に対して、越流時間3時間は越水に対する性能を保持することは十分可能になるということになる。

 しかし、植生を常時良好な状態に維持することは困難である。ゴルフ場の芝と異なり、必ず小規模な裸地部やガリ侵食、モグラの巣が発生したり、イタドリなどの雑草が茂って周辺の芝を枯らしてしまう。植生を均質な状態に保つことは不可能と言える。

 これをカバーするのが高密度ポリエチレン製の網のジオネットだ。網の縦と横の糸は結束されているので広がることはない。穴の直径は1.0mmで細かく吸出し防止材としても使える。背丈の高い雑草は繁茂しにくいが、芝などの根毛は十分通過できるサイズだ。この網に芝の茎や根毛が絡みつくので、越水のように流速の早い水流があっても簡単には流されない。仮に、植生がすべて流されても、このジオネット自体が植生以上に耐侵食性があるので、検討会がめざす越流時間3時間は容易に達成できそうである。しかし、事務局は越水時の効果に幅や不確実性を有していると判断したらしい。
        1mmメッシュの特注品のジオネット。低価格で耐久性も高い。  

2022年6月12日日曜日

越水対策の行方 「河川堤防の強化に関する技術検討会」発足 (1)

 2019年10月に発生した台風第19号。全国で142箇所の河川堤防が決壊し、このうちの86%が越水が原因の破堤だと国交省が公表した。
 
 国交省は、翌年の2020年2月14日に、「令和元年台風第19号の被災を踏まえた河川堤防に関する技術検討会」(座長は中央大学理工学部の山田正教授)を発足させて、同年3月25日に2回目を、6月12日に最終の検討会を実施。
 検討会では業界団体が保有する資材や工法について意見を募集。全国建設業協会の構成員の私が在籍する会社にも応募の案内がかかる。私からは、国交省が5箇年計画で進めてきた川裏の法尻ブロックを活かしつつ、その上部をジオネットと野芝で被覆する方法を提案した。
 
 検討会の委員の藤田光一氏(国立研究開発法人土木研究所 理事長)は、国総研の所長時代に「日経コンストラクション」の2017年6月12日号のインタビューで次のように語る。
 「法面への植生は意外に効く。条件がよければ、流速5~6m/秒でも10時間は持つ。簡素な構造だから、施工にそれほど費用がかからない。さらに対策距離を結構稼げる。減災の恩恵を早く普及させるために重要な視点だ」

  まさに慧眼である。堤防高が2mぐらいだと越水の流速は5~6m/秒以下だ。状態の良い野芝などの植生だけで10時間以上は耐えられるのだから、芝の根毛を1mmメッシュのジオネットで捕捉してやれば、芝が流されにくくなって耐侵食性は格段に伸びるはずである。さらに、1mmメッシュのジオネットだけでもかなりの耐侵食性が期待できる。
 しかも、費用は1m2あたり5千円以下で済む。施工性も良くコストが安いので、藤田委員が望むように対策距離を大幅に広げることが可能だ。
 
 けっきょく私の案を含め14団体から81件の提案が集まり、検討会の事務局である治水課や国総研、土研、国土技術センターが、各業界ごとに意見交換をすることとなった。

 全国建設業協会からの技術提案は、私とサイレントパイラーで有名な㈱技術製作所の2件のみだった。2020年10月16日に90分間の意見交換が行われ、私の提案に事務局から様々な質問が寄せられ、私からは次のような発言をした。

【嶋津の意見】
 国交省が危機管理型ハード対策と称して、5箇年計画で越水により堤防決壊の可能性のある全国の630㎞の堤防の川裏の法尻をブロックで被覆する事業を、膨大な費用をかけて整備してきた。当時、国交省は越水破堤の原因が川裏の法尻が侵食によるものだと見立ていた。この工法は国総研が様々な実験を繰り返し、苦労をしながらブロックの凹凸の高さや形状、寸法などを決めた。
【参照】国総研資料 第 911 号 http://www.nilim.go.jp › bcg › siryou › tnn › tnn0911 

 今後の粘り強い堤防強化にあたっては、当然ながら国総研が決定し全国で630㎞も整備された法尻のブロックによる補強対策を活かすべきである。これを反故にしたり使い捨てするのは税金の無駄遣いになるし、国総研の努力が水の泡になってしまう。何のために膨大な時間と予算を費やして様々な試験を繰り返したのかと、当時の国総研の担当は嘆くだろう。国総研が定めた法尻ブロックは、法尻の侵食防止対策としては十分な効果が期待できるのである。

 越水で堤防が侵食されるのは川裏の法尻だけではない。川裏の法肩や法面から侵食されているケースも多々ある。今後の越水対策は、5箇年計画で整備した法尻ブロックよりも上部の法面について、耐侵食性を向上させるための経済的な被覆工法を追加することを検討すべきであり、設置済みの法尻ブロックを見殺しにするべきではない。

 以上の私の意見に対して、事務局からコメントは出されなかったので、事務局も私の意見と同様なのかなと思った記憶がある。

 2年前に治水課が開催した「令和元年台風第19号の被災を踏まえた河川堤防に関する技術検討会」は、2022年5月20日、委員のメンバーをそのままにして、「河川堤防の強化に関する技術検討会」を新たに立ち上げ、難題である越水対策に挑むことになった。
 植生の耐侵食性に見識の深い、前述の藤田委員も含まれている。
国総研の法尻ブロックの水理実験状況。様々な形状や条件で実験が繰り返された。
危機管理型ハード対策として5箇年計画で全国に整備された法尻ブロック。これを見殺しにしてはいけない。
私が提案する工法。危機管理型ハード対策の法尻ブロックを活用し、法面をジオネット+野芝で被覆するもの。1m2あたり5千円で施工できる。

2022年2月28日月曜日

超省エネ型のロードヒーティングが、路面凍結によるスリップ事故を防止

 秋田市の下浜地区の国道7号「サンセットロード」で、私が発案した「わだちロードヒーティング」が稼働している。

 サンセットロードの桂根こ線橋(L=105m)はカーブ橋で、縦断勾配が3.5%、横断勾配が6%で合成勾配は7%ときつく、白波をあげ荒れ狂う冬の日本海が200~300mに迫っている。この辺の国道のどこよりも路面凍結しやすく、スリップ事故の多発が予想される場所だ。

 しかも、橋の下にはJRと旧国道7号が通っていて、除雪した雪を下へ捨てることはできない。

 通常の電熱ロードヒーティングは、電熱線を道路の横断方向にヘアピン状に配線するが、わだちロードヒーティングは下の写真のようにわだち部分に道路の延長方向に配線する方法。道路全体の雪を融かすのではなく、タイヤが接するわだち部分にだけ融かす。だから、通常のものより電熱線の延長が4分の1から5分の1で済む。その分、電気料金が少なくなる。

 使用電力量が50kWH以上になれば高圧電力が必要になり、キューピクルと呼ばれる変圧器が必要になる。キューピクルは5~8百万円もする。しかし、わだちロードヒーティングは4分の1の電力量だから200m程度の橋だと、電力量は50kWH以下で済むのでキューピクルは不要だ。

 令和4年2月17日、日本海側は大雪。この橋の前後ではスタックが発生しているが、わだち部分の雪が融けてアスファルト面が露出した桂根こ線橋は交通支障は発生しなかった。

 電熱線は7cm間隔で、わだち1本あたり4本の電熱線が配線された。融雪幅は約40cmと、安全走行には十分な幅だ。

 昨年の1月にもサンセットロードが大雪によるスタックで通行止めになったが、わだちロードヒーティングはしっかりと融雪していた。スタックは桂根こ線橋以外で発生したという。

 サンセットロードの中で、最も路面凍結してスリップ事故の発生が危惧される桂根こ線橋が、わだちロードヒーティングで守られたことになる。

桂根こ線橋は、サンセットロードの終点側に位置する。すぐ近くに日本海が迫る。橋の下には旧国道と鉄道があり、雪を下に捨てることはできない。
 電熱線はわだち1条あたり3本で十分だ。この現場では念のため4本埋設したが、3本でも十分な熱量が確保できそうである。
大雪の日、この橋の近くでは路面凍結でスタックする車両が何台かあったが、この橋はわだちロードヒーティングが稼働しているので、路面がわだち状に融けてスタックは発生しなかった。手前はわだちロードヒーティングを設置していない部分。アイスバーンになっておりスリップしそうな状態だ。